上場会社英文開示インタビュー

栗田工業株式会社

企業理念である「“水”を究め、自然と人間が調和した豊かな環境を創造する」の実現に向け、一貫して水と環境の分野に携わってきた栗田工業株式会社は、水処理薬品や水処理装置を世界各国に提供しています。以前より外国法人等の株式保有比率が高かったことから、英文開示には比較的早い時期から取り組んできたといいます。同社のCSR・IR部長の新井孝輔さん、IR課長の佐々木久美子さん、総務部株式・SR課長の山﨑しづ子さんに、英文開示を充実させた経緯や具体的な方法について伺いました。

英文開示はグローバル経営には必須

英文開示に取り組みはじめた時期と経緯について教えてください。

山﨑さん:英文開示は、2001~02年頃から、決算短信や適時開示資料など投資判断上、重要なものから着手しました。当社の株主構成上、外国法人等の株式保有比率が高かったこともあり、2013年に株主総会の招集通知を、2016年にコーポレート・ガバナンスに関する報告書を英文開示しました。統合レポートやサステナビリティレポートに関しては、その前身にあたるものの英文開示を2007年頃から取り組んでいます。当社にはグローバルな視点で適切かつ公平に開示するマインドがあり、その考え方やスタンスが受け継がれて現在に至っています。

新井さん:マインドが従業員レベルまで落とし込まれたのは、初めてM&Aで海外の会社を取得した2015年頃だと思います。グループ傘下の会社と等しく情報を共有することが重要と考えており、例えば統合レポートは資本市場向けに作成されてはいますが、従業員に示すという意識もあります。訴求先は第一に資本市場、第二は従業員です。英文開示をしなければ、グローバルな経営はできないと考えています。

資料の特徴を見極めて英訳体制を整備

英文開示の体制について教えてください。

新井さん:適時開示書類や株主総会関連の資料やコーポレート・ガバナンスに関する報告書は株式・SR課、決算説明会やIRイベントのプレゼン資料および質疑応答要旨、統合レポートやIRウェブサイトはIR課が担当しています。基本的には翻訳会社に英訳を依頼しています。

山﨑さん: 株式・SR課では2名の担当者が実質的に英文開示に携わっています。英文開示資料の作成フローとしては、まずベースとなる日本語の開示資料を固めて翻訳会社に依頼し、納品されたものを当課で確認、必要に応じて関係部署や法務的な観点からの審査・確認も経て開示します。株主総会招集通知はボリュームがあり、かつ会社法を踏まえた表現なども多いため実績の多い翻訳会社に依頼していますが、それ以外の資料は同じ翻訳会社に依頼しています。

佐々木さん:IR課でも基本的には日本語の開示資料を翻訳会社に英訳依頼し、納品されたものを2名程度で確認しています。ボリュームが少なくかつ緊急性の高いものは、以前に開示した資料などを参考にしながら当課で英訳することもあります。統合レポートはよりクオリティが求められ、社長をはじめとする経営層がフィロソフィーを語る場面もあるため、読み物としての英訳に慣れている会社に依頼しています。決算説明会の質疑応答の要旨については、実際のやり取りに基づき英訳して欲しいと考え通訳者個人へ直接依頼をしています。

タイムリーな対応が求められる適時開示資料を外注される場合のスケジュールについて教えてください。

山﨑さん:定例的な開示資料の場合はスケジュールが比較的事前に組みやすく、英訳には3日~1週間程度を見込んで依頼しています。開示直前に内容が決まる場合は、翻訳会社に対応可否の状況を予め聞いてから依頼しています。

株主総会招集通知については、開催3週間前には日本語版と英訳版を開示されていますが、スピード面で工夫されていることはありますか。

山﨑さん:時間的にタイトなことが多いため、一度に全文の英訳を依頼せず内容固められる部分から順次依頼しています。例えば狭義の招集通知や議案の一部などは、決まり次第依頼しています。

英訳でも会社のフィロソフィー浸透に留意

その他、英文開示を行う際に気を付けていることはありますか。

佐々木さん:会社としてキーワードになる言葉、例えばビジョンに関する言葉などを初めて英訳し発信する時は、特に気をつけています。社内の関係部署と連携を取り、表現を決めた後は、言葉が開示資料ごとに揺らがないよう、社内用語集を作成し統一できるようにしています。用語集は通訳者や英訳業者にも共有しています。

新井さん:統合レポートやサステナビリティレポートなど、自分たちの言葉を用いて語るものについては、フィロソフィーを大事にしています。例えば「水に関する知」が当社のコアコンピタンスですが、普通は「Water-related knowledge」などと翻訳されてしまうと思います。この表現ではなく、自分たちが社内にどのように浸透させたいかを考えて「water knowledge」としています。この点、日本語で伝えたいことが正確に表現されるよう、翻訳会社とコミュニケーションを取り、社内でもチェックを行い確認しています。

海外投資家向けのIR活動は、どのように取り組まれてきましたか。

佐々木さん:個別面談の3分の1程度が海外投資家になります。証券会社主催のカンファレンスに年3回程度参加し、一度に5~6件の投資家面談をします。個別面談は証券会社を通じてリクエストが来ることもあれば、IR担当者に直接連絡をいただくこともありますが、面談依頼は基本的に全て受けています。新型コロナウイルスの影響を受けて、オンライン面談のスタイルになっていますが、移動が生じないことはメリットと感じています。欧米の投資家との面談は朝8時や夕方5時以降となりますが、小さなお子さんがいる社員も参加できるようになりました。また、先方側でも小さなお子さんを抱えリモート会議に出席されることもあります。

海外投資家との対話をIR活動向上に生かす

貴社の情報開示について、海外投資家からはどのような反応がありますか。

佐々木さん:「ESGの情報開示が充実している。」との評価をいただいたことがあり、このように評価をいただけるのも、英文開示をしているからこそであると考えています。また、海外投資家と議論する中で、グローバル基準に照らし高いレベルの開示を求められることや、アドバイスをいただくこともあります。例えば、女性役員や取締役の人数について「推移のデータがある方が近年のガバナンスの強化が伝わりやすい。」といった指摘を受けたことを踏まえ、過去の推移を視覚的に見えるようにして統合レポートに記載しました。投資家との対話で得られた声は、可能な限りIR活動の向上に繋げるようにしています。

新井さん:当社は、CSRに関する取組みにおいて独自のKPI(「顧客での負荷低減量-自社での負荷量」)を開示していますが、「環境への貢献が当社の成長に繋がっているという点を示せるものとなっており、わかりやすい。」とのコメントをいただいています。当社は高収益性ESG銘柄と評価されることもありますが、それは当社のビジネスモデルがESGスコアの上昇と業績の上昇に繋がるというように見ていただいているからだと思います。

ESGの情報開示を充実させてきた経緯を教えてください。

新井さん:ESGの取組みを測るモノサシとして、ESGスコアやインデックスの組み入れがあると考えています。当社としてしっかりとしたESGの活動を行ったうえで、その活動内容をきちんと評価いただくために、情報開示が重要と考え、充実を図ってきました。また、ESG評価機関とのエンゲージメントの中で、当社では開示していると考えている評価項目が、ある特定の言葉が使われていないため「非開示」と判断される場合があることが分かったため、近年は評価機関の検索条件に当てはまる言葉を選ぶようにするといった工夫もしています。決して、ESGスコアを良くすること自体が目的となることはありませんが、資本市場からどのような評価がされているのかは、意識をしています。

英文開示の拡充をめざす会社へアドバイスをいただけますか。

山﨑さん:英文開示体制を会社としてどのようにするのか、開示資料の種類や緊急性ごとに、どのように関係部署間で連携をしていくのかを事前に取り決めておくとよいと思います。

新井さん:納品された翻訳内容を鵜呑みにせず、グローバルに使用されている文言かどうか検証することは大事だと思います。例を挙げると、「CSR活動」が「CSR activities」と翻訳された場合、その文言でWeb検索してみると、日系企業しかヒットしません。適切な英語を使う企業が増えることが、日本全体の英文開示の品質向上に繋がると思います。

(取材日:2021年12月22日)