上場会社英文開示インタビュー

株式会社リクルートホールディングス

就職情報ビジネスのパイオニアとして、1960年の創業以来、レイバーマーケット(労働市場)をリードしてきた株式会社リクルートホールディングス。テクノロジーの革新と並走し、「働く」の進化をリードしてきた同社は、その事業領域を販促市場やグローバルにも広げ、常に変化・成長しています。海外IRにも、東証プライム市場上場のグローバルカンパニーとして、常に変化と進化を求め、取り組んでいます。

同社グループのIR活動をリードするIR部のグループマネジャーである沈みずほさんとメンバーの伊藤雅浩さんに、リクルートならではの英文開示の方針や体制、今後の展開について伺いました。

日英同時開示の原則のもと品質向上に注力

英文開示のタイミングを含め、英文開示の方針について教えてください。

沈さん:当社の株主構成は、4割以上が海外機関投資家です。そのため、IRのメインターゲットを海外の機関投資家とし、情報は必ず日英ミラーで同時に開示することをポリシーとしています。

IRチームの体制について教えてください。

伊藤さん:日本拠点とアメリカ拠点にそれぞれIRメンバーがおり、執行役員1人を入れて9人体制で対応しています。また9人とは別にIRチームにESG担当者もおり、投資家との面談については、メインスピーカーとライターの2人での対応を基本としながら、柔軟にサポートのスタッフの補充もしています。

英文資料はどのように作成していますか。

沈さん:当社は3つのストラテジックビジネスユニット(以下、「SBU」という)を有しています。そのうち、HRテクノロジーSBUは、アメリカで7割程度の売上を計上しており、アメリカがメインマーケットです。例えば決算短信のMD&AにおけるHRテクノロジーに関する内容は、アメリカ拠点のIRチームが最初に英語でドラフトし、その後、日本語として自然な文章となるよう日本拠点のIRチームで日本語に翻訳しています。
またIRチームで作成する資料については日英ともに内製していますが、経理部門が作成を担当する資料については一部翻訳会社に外注をしています。翻訳会社が英訳するときは、英訳に間違いがないことが最も重要となりますが、当社としては、分かりやすく、伝えたいことがしっかり伝わるかが大事であると考えているため、最終的な内容の確認は社内の人間であるべきだと考えています。

IR資料の作成体制については、IR資料の種類によってどのような違いがありますか。

沈さん:開示体制はプロジェクトによって全く違います。シンプルな開示資料であれば、IR担当者で作成し、確認とレビューはIR担当の執行役員が実施して完成です。一方、有価証券報告書は一大プロジェクトとして、経理や法務をはじめ各部署から数名ずつ参加いただき、総勢40~50名で体制を組みます。その際、IR部がPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を務め、パートごとに担当部署で執筆を分担しています。作成プロセスは3段階あります。ファーストステップで各部署の担当者が担当パートを執筆し、セカンドステップでIRメンバーが投資家に向けて分かりやすいメッセージになっているかという観点で確認を行い、最後にプロジェクトの最終責任者であるIR担当執行役員が、最初から最後まで整合性が取れているかの観点で確認しています。

英文開示を行うにあたって、特に重要と考えていることはありますか。

沈さん:海外投資家に日本の投資家との間で情報格差があると思われてしまったら、投資意欲は確実に下がりますし、当然、それは望ましくありません。そのため、情報格差が生じやすい決算説明会の内容については、決算説明会の書き起こしを、すべて説明会を開催した日の当日24時までに日本語と英語で公表しています。決算説明会の翌日以降にも機関投資家と個別面談を多く行っておりますが、決算説明会の書き起こしを当日中に公表することで、投資家が決算説明会の内容をしっかりと分析したうえで、面談に臨んでいただけるようになっています。決算説明会の書き起こしの公表については、グローバルで見るとスタンダードな対応と認識しています。

英文資料作成に際し、品質向上のために取り組まれていることはありますか。

沈さん:日本語と英語の開示資料で共通しますが、投資家との日常の対話の中で、開示資料に対するフィードバックを積極的に頂いて、改善を常日頃行っています。複数の企業を分析しなければならない機関投資家が1社の分析に費やす時間は限られています。その限られた分析時間において、どのように表現したら1番伝えたいことが伝わるのかを、対話を通じて確認しています。

伊藤さん:資料作成のオペレーションの観点では、複数部署が協働して作成する有価証券報告書などの資料の作成において、各部署の担当パートごとに内容が分断されずに、つながりを持つわかりやすい資料となるよう、IRでパラグラフの構成や文言に関し調整や修正を行っています。
システムの観点でいうと、これまで改訂版のファイルを作成の都度、プロジェクトメンバーに展開していたところ、文書の同時編集、閲覧が可能なツールを導入し、リアルタイムでレビューできるように変えました。そのほか、部署ごとで管理されていたドキュメントファイルを特定の場所に集約することで情報を共有化し、効率的な資料作成に繋げました。
また、人的な観点では、四半期ごとの投資家面談に関連部署から何名か参加いただき、投資家がどのような論点に関心を持っているのかを理解してもらいつつ、各部署の担当者の当事者意識の醸成に力を入れています。

英文開示の取り組みを通じて、得られた効果は何でしょうか。

伊藤さん:投資家との面談では、4、5年前は主に海外機関投資家を中心に「リクルートはどんなビジネスをしている会社ですか?」といった基礎的な質問から始まることも多くありましたが、直近では投資家が仮説をもって質問をしてくださるケースがほとんどであり、コミュニケーションの質が高まったと感じています。また、投資家における弊社の開示内容や開示タイミングに対する理解が深まったことで、まずは開示資料を確認しようという意識を持って頂けるようになってきたと思います。今後もブラッシュアップは必要ですが、4、5年前と比べるとIR活動が大きく進展していると思います。

自社事業が与えるソーシャルインパクトの目標をコミット

海外投資家との面談の状況を教えてください。

伊藤さん:海外投資家との面談は、英語でのミーティングが大半です。個別面談に加えて、証券会社が主催するカンファレンスに参加させて頂くことで、毎四半期、数多くの投資家との面談を対応させて頂いています。またIR担当執行役員や、社長、各SBUのトップが面談することもあり、ESGの担当者とも、必要に応じて連携しています。

ESGに関する取り組みについて、海外投資家の関心の高いテーマはありますか。

沈さん:当社は、社会課題を事業を通じて解決するため、ESGに関する5つのコミットメントを掲げています。例えば、その内のソーシャルインパクトに関するコミットメントとして、2030年までに3,000万人の障壁に直面する求職者への就職サポートをすることや、就業までに掛かる時間を半分にするなどといった目標を掲げています。当社のESGに関する取り組みは、本業の企業活動を通じてどれだけ社会や地球環境にポジティブなインパクトを与えることができるかを重視しています。こうした取り組みに対する社会への影響について質問をいただく機会も増えてきております。達成難易度が高い目標を意図的に掲げているので、上手くいっていることだけではなく、課題となっていることについても説明するようにしています。

情報開示は義務ではなく自社のマーケティング

今後の改善点や新しい取り組みの予定があればお聞かせください。

沈さん:経営トップと密に相談し、投資家に当社の企業価値の源泉である事業に対する理解度を深めてもらうことに重きを置きながら取り組んでいきます。実務面では、様々なツールが出てきているので、上手に使い効率化を図っていきたいと考えます。そのうえで私たちにしかできない投資家との対話により多くの時間をかけていきたいと考えています。当社を取り巻く社会情勢は、どんどん変化しています。私たちがそれより先に変わっていくためには周りを見て、自分たちを見て、相対性の視点を持つことを大切にしています。伝え方、見せ方、書き方など、社会がテクノロジーの進化で変わっていく中で、自分たちも変わらなければ成長が止まってしまうと考えています。

東証では、プライム市場上場会社に対する英文開示の義務化の方針を公表しています。これから始める会社に対して、何かメッセージがあればお聞かせください。

沈さん:グローバル市場の中で、投資家にこの会社は面白い、将来性があると興味を持ってもらうためには、正確に丁寧に情報を伝えることが重要です。英語での情報発信について、当社では義務ではなく、マーケティングの一環と捉えて取り組んでいます。海外機関投資家にアプローチするには英語で説明しなければなりませんが、そのリターンとして投資対象として見てもらえるようになり、先々の投資と企業価値向上につながると考えています。

伊藤さん:開示にあたっては、法務、社外の弁護士、監査法人、東証等、多岐に渡る関係者との調整が必要となります。関係者を積極的に巻き込み、関係者と前向きな対話ができる関係性を作れるかが重要と考えており、ひいては開示のクオリティの向上にも繋がると思っています。

(取材日:2023年12月7日)