上場会社英文開示インタビュー

湖北工業株式会社

「グローバルニッチNo.1」を掲げ、世界の通信インフラを担う海底光ケーブル用部品や、様々なエレクトロニクス製品に欠かせないアルミ電解コンデンサ用リード端子の製造・販売を展開し、滋賀県に本社を置く湖北工業株式会社。アジアに拠点を広げ世界へ販売網を広げる同社は、2021年の新規上場(IPO)を機に、英文開示の取り組みを始めました。

同社の取締役執行役員の国友啓行さん、広報・IR室長の野里浩平さん、広報・IR室の杉本敦基さんに、英文開示を充実させた経緯や具体的な方法について伺いました。

英文開示の決め手は、海外投資家比率の高さ

英文開示・海外IRを始めたきっかけを教えてください。

国友さん:IPOの際に、総額約90億円となるファイナンスの募集規模や、主力事業である「光ファイバ通信網用光部品・デバイス」分野の海外売上高の比率が高かったことから、主幹事証券会社からの助言も踏まえ、海外投資家向けに公募・売出を実施したことを契機に、英文によるロードショー資料を作成しました。製品紹介などに関する英文のウェブサイトは以前からありましたが、上場後も、英文IR資料は担当者によるスポット的な英文資料に留まっていました。

英文開示や海外IRの充実を図られる中で、貴社はFinCity.Tokyoの個別支援事業(注)を利用されていますが、サポートを受けたのはなぜですか。

野里さん:当社は上場直後から海外投資家の保有比率が比較的高いことから、投資家との面談(上場後1年半の間で約350回実施)のうち、約半分が海外投資家です。IRミーティングが英語で行われることも多く、スムーズなミーティングの進行の為に英語のドキュメントを揃えることが急務でした。そうしたタイミングでFinCity.Tokyoから案内をいただき、FinCity.Tokyoの個別支援事業に申し込みました。

  • 一般社団法人東京国際金融機構(略称:FinCity.Tokyo)において、令和3年度より東京都の補助事業として「英文情報開示支援事業」を実施しており、グロース市場・スタンダード市場上場会社を対象(新規上場後5年以内など、その他応募要件あり)に、エクイティ・ストーリーの構築支援、決算短信及び決算IR説明会資料等作成アドバイス及びその英訳支援や、海外投資家とのコミュニケーションアドバイスを提供している。同社は令和4年度の個別支援企業に選定。

FinCity.Tokyoのサポートのもと、具体的にどのようなことに取り組まれましたか。

国友さん:まず、当社の製品や技術に関する用語を日本語と英語の両方で標準化し、マニュアルを作成しました。また、会計用語については、EDINETタクソノミに準拠することを決めて、翻訳会社様と共有することで英語表現の標準化に努めました。

英文開示を続けられる中で、改善された点があれば教えてください。

杉本さん:他社のIR資料を研究しながら英語のIRドキュメントを作りこむことで、日本語と英語の表現の違いなどにも気づきがあり、メンバーのレベルアップが図れたと思います。また用語の標準化を進めることなどで、日本語のドキュメントについてもレベルアップができつつあると思います。

海外投資家向けIRに関する現時点での御社の課題は何でしょうか。

国友さん:基本は日本語で開示したIR資料はすべて英語化する必要があると認識しています。有価証券報告書の英訳はボリュームが多いため、2023年9月時点では未対応ですが、近い将来英語化に取り組んでいきたいと考えています。

野里さん:開示タイミングの理想は日英同時ですが、この点は、まだ実現できていません。決算の概要や主な経営指標などの主要な情報を含む、独自のフォーマットによる連結業績の概要やインベスターズガイドの内製化により同時に開示していますが、文章量の多いフルバージョンの決算短信やプレゼンテーション資料は日本語から遅れての開示となっています。現在は、英文開示資料の作成に当たり、標準化した記載事項であれば他資料の表現を活用しつつ、新たな事項に関しては日本語の開示後に翻訳会社へ英訳を依頼しています。同時開示に向けて、AI翻訳の利用か、翻訳会社と守秘義務契約を締結したうえでの日本語原稿の事前連携を進めるかなどについて検討を行っているところです。

海外投資家との面談では英文資料が必須。今後はESG関連の情報開示も

海外投資家の属性と、面談の対応者について教えてください。

国友さん:当社が面談を行う海外投資家には、長期投資家やヘッジファンド、オルタナティブなど幅広い投資スタイルの方がおられます。頻繁に行われるIR個別ミーティングにおいての対応者は、ケースバイケースですが専担部署が対応することが多いです。決算説明会やスモールミーティングでは社長及び事業部門の責任者が出席して説明しています。

英文開示のメリットは何でしょうか。

国友さん:英文IR資料がなければ、海外IRは難しいと感じています。投資家の多くは、ごく基本的な事業会社分析として四半期ごとに業績確認やIR取材をされますが、タイムリーに資料が英語で開示されていなければその基本的なことも難しくなってしまいます。英語での情報発信がない会社は海外からの投資対象にはなり難いと考えています。IRミーティングの際には日本語で対応可能な海外の機関投資家であっても、社内で複数の方が議論して投資判断を行うような場面では英語でのディスカッションが行われることが多いと思われます。そういう観点でも、英文IR資料は必要性が高いと思います。

発信する内容について課題はありますか。

国友さん:当社は「リード端子事業」と「光部品・デバイス事業」の2事業が柱ですが、第3の柱となる次世代事業の研究段階にあります。次世代事業への理解を広めたり、他社からの引き合いを生むための説明については、技術用語等もあり、日本語での情報発信も難しいですが、前向きに取り組んでいます。

面談相手から情報発信の内容について要望を受けることはありますか。

杉本さん:海外投資家とミーティングを行う中で、ウェブサイト等での更なるESG情報の開示についての要望をいただくケースがあります。

国友さん:最近は投資家の皆さんとESGミーティングを行う機会も増えてきており、今後は非財務情報についても積極的に開示し、ESGに関して株式市場と対話する体制を作りながら、当社の活動を幅広い視点から理解していただきたいと思っています。

海外投資家の開拓は課題。多様な投資家を呼び込みたい

今後の方針を教えてください。

野里さん:まずは日英の同時開示に向けた対策と、有価証券報告書の英文開示が優先事項です。その2つを押さえればすべてのIRドキュメントが日英で同じ状態で出せる状況になります。そのうえで、英文開示資料を活用しながらグローバル投資家にアプローチしていきたいと考えています。海外にも、当社のようなスモールキャップで成長性がある会社などを投資対象としている投資家が存在します。投資家とのコンタクトルートを、国内だけでなく海外へも広げながら、当社への認知を高めていきたいと思います。

海外IRで海外投資家層を広げる狙いを教えてください。

国友さん:できるだけ幅広く認知してもらうように努め、多様な株主から投資をしてもらうようなIR活動を行うことが、より適切な株価形成につながると考えています。

これから英文開示の拡充を考える会社へのアドバイスはありますか。

野里さん:英文開示資料の作成はそれなりの業務量がありますので、リソースが必要となります。自社のIRドキュメントの組み合わせをある程度決めて、それに従って継続的な英文開示体制構築に向けてのロードマップを作ることが必要だと思います。当社の場合はFinCity.Tokyoのサポートもあり、2022年度下期に一気に取り組むことができましたが、継続的に、またタイムリーに英文開示を行っていくためには、そのための体制作りが必要ですね。
海外投資家比率が高い会社や、海外投資家から投資を呼び込もうとする会社は、スタンダード・グロース市場の会社であっても、英文開示を進める重要性が高いと思います。プライム市場上場企業であれば英語のアナリストレポートが発行されているケースも多いと思いますが、スタンダード市場及びグロース市場上場会社ではアナリストにカバーされていない会社も多いと思いますので、海外投資家が接する情報量を増やすために、上場会社からの情報発信を強化することは非常に効果が高いと思います。

(取材日:2023年9月15日)