上場会社英文開示インタビュー

シスメックス株式会社

検体検査を事業の核とし、世界190以上の国や地域で事業を展開するシスメックス株式会社。同社は1968年の創業時の理念に「三つの安心」を掲げ、お客様・取引先・従業員への安心を提供してきました。2007年にはこれを発展させたグループ企業理念「Sysmex Way」を制定、安心を届ける対象を株主や社会などステークホルダーに広げました。投資家に関わらず、情報開示は国内外のステークホルダーに対して安心を届けることにつながるという思いのもと、情報開示にも力を入れ、より質の高い英文開示を推進しています。

その先頭に立つ同社IR部の山本晶子さん、井上裕加里さんに、英文開示の体制、今後の方針について伺いました。

海外投資家が活用するアニュアルレポートで基本情報を提供

英文開示の体制について教えてください。

井上さん:英文資料の作成は、細かなニュアンスの訳し方に長けた人が対応したほうが良いという判断から、外注を活用しています。ただし外注先にも用語集を共有し、公表済みの資料と表現を合わせてもらうようにしています。翻訳された資料は、伝えたかったことが伝わっているかどうか、過去の開示と表現に齟齬がないかを社内のIRチームで確認し、特に定性的情報は担当者と課長で必ずダブルチェックを行っています。
また、当社にはIRチームとは別に広報チームがあり、広報でも内容は確認するので、最低3人の目は入ります。急に発生した修正など外注できない場合は、社内のAI翻訳システムも活用しています。

どのような時間軸で英文資料を作成されていますか。

山本さん:決算情報のうち日英同時開示を行っているのは、決算説明会のプレゼンテーション資料、決算短信、業績数値の概要を記したフィナンシャルデータの3つです。フィナンシャルデータは日英を併記して作成しており、数字のアップデートのみ対応すれば済むような様式を作っています。プレゼンテーション資料は情報量が多いので外注しますが、発表の1週間前から3回に分けて依頼をしています。まず変更点の少ない数値情報やグラフ、四半期のトピックスページなど定例的な情報について翻訳を依頼し、発表の4日前、大枠が固まってきた時点で、それまでに確定した部分について翻訳を依頼し、残りを発表の2日前までに依頼します。この結果、全体の英訳が前日に届くので、部内で整合性を確認し、修正のうえ開示しています。

文章量が多い有価証券報告書はどのように英語版を作成していますか。

山本さん:有価証券報告書そのものの英訳は作成しておりませんが、財務情報については英文財務報告書、定性的情報などの前半部分についてはアニュアルレポート(現在は統合報告書として公表)、その他要素についてはコーポレート・ガバナンスに関する報告書にそれぞれ記載されているため、それらの英語版で内容をカバーしています。

井上さん:海外投資家が当社を分析するうえで最初に利用するのは統合報告書だと考えており、統合報告書で分析に必要な基本的な情報については網羅しています。一方で、今後はISSB(国際サステナビリティ基準審議会)のサステナビリティ開示基準への有価証券報告書における対応が必要になると考えられるので、統合報告書においても当該情報を網羅すべく、日英の開示文章を作成することを検討しています。

足元の出来事に加え、中長期的な成長ドライバーの丁寧な説明を意識

いつ頃から海外IRの重要性を意識されましたか。

井上さん:海外進出は、1968年に創立してまもなく、1972年にドイツに駐在員事務所を作ったのが最初で、上場した1990年代半ば(1995年に大証上場、1996年に東証上場)から海外投資家に意識を向けていました。例えば英語のアニュアルレポートは1990年代後半から作成しています。当時から海外ではアニュアルレポートが一般的であった状況を踏まえ、日本語版に先んじて、有価証券報告書に代わる資料としてアニュアルレポートを位置付けて公表しました。アニュアルレポートは株主だけでなく、海外従業員、取引先への情報提供という目的でも活用しています。

近年の英文開示について、変化、改善されたことはありますか。

山本さん:以前の決算では、数値化された情報や四半期の出来事を中心に開示していましたが、投資家から成長ドライバーの情報を含めてほしいとの要望があり、長期的な視点についてもプレゼンテーションに加えました。また、統合報告書(旧アニュアルレポート)の充実は意識しており、例えばマテリアリティが長期、中期の経営戦略と結びついていない部分がありましたが、直近では社内の戦略も見直し、ESG情報なども成長戦略として織り込みながら開示しています。

海外投資家からの投資の獲得について、どのような投資家をターゲットにされていますか。

山本さん:国内外問わず、主に当社の経営と同じ目線で会社の成長を応援してくれる中長期視点を持つ投資家の方に向けてIR活動を行っています。

海外投資家とも多くの面談を行っていらっしゃるかと存じますが、国内投資家と海外投資家で貴社への理解に違いは感じますか。

井上さん:理解の違いについては一概に言えませんが、国内、海外に関わらず、ヘルスケアを専門に扱うアナリストや投資家には、当社についてより理解していただきやすいと思います。当社が注力している検体検査は様々なカテゴリーがありますが、当社はヘマトロジー(血球計数検査)という分野で圧倒的なグローバルシェアを築いております。そのことが、海外投資家からの対話の依頼も多くいただいている要因だと考えています。一方、ヘルスケアに馴染みのない方でもご理解いただきやすいよう、当社のビジネスモデルや専門用語に対する補足、当社のコア事業領域である検体検査から分かることに関する解説を加えるなど、資料や説明には工夫を凝らしています。

海外IRの推進にはマネジメント層の理解が重要

IR活動の目標と、その目標に向けた戦略をお聞かせください。

井上さん:IR活動においては、まず投資家の方に安心して当社の株を保有いいただけるよう適切に情報を開示すること、そして市場の声を社内にフィードバックし企業価値の向上に繋げることが大切だと考えています。これらを踏まえて特に注力しているのが、中長期視点を持つ投資家の維持獲得です。保有比率ベースで中長期の方がどのくらいいるか、どれだけの期間保有されているかは1つの指標とし、積極的にインタビューの設定を行っています。必ずしも多いことが良い訳ではありませんが、IR活動のKPIとして、投資家との面談件数もモニタリングしています。

山本さん:これまでは日本と欧米を中心にIR活動をしていましたが、昨今はアジアからの資金流入も増加しており、アジアの投資家との対話も増加しています。今後も世の中のトレンドを踏まえて多方面に向けて活動していきたいと考えています。

今後の改善点について、計画があれば教えてください。

井上さん:各資料の英文開示の早期化は進めたいと考えています。例えば決算説明会等のIRイベントの書き起こしではSCRIPTS Asiaを活用し、英語のスクリプト、Q&Aの開示ができていますが、さらにタイムラグがないように工夫していきたいと思っています。

山本さん:さらに、外注でも内製でも人のスピードアップには限界がありますので、翻訳システムを活用するなど、異なる観点でも改善を図っていきたいです。

東証では、プライム市場上場会社に対する英文開示の義務化の方針を公表しています。これから本格的に英文開示を始める会社に対して、何かメッセージがあればお聞かせください。

井上さん:当社も試行錯誤していますが、最近はAIや翻訳ツール等便利なツールがあるので、うまく活用することで効率性も担保しながら進めていくのが良いと思います。中長期の投資を得るには海外投資家へのアクセスは不可欠です。その視点をマネジメント層と共有し、バックアップしてもらえるとスムーズに体制整備を進められるのではないでしょうか。

山本さん:義務で英文開示を行うという観点ではコスト意識が先行してしまいます。英文開示をどのように活用し、メリットを生むことができるかを考えて取り組めれば、会社としてもIR体制の整備に投資を行いやすく、また、実際に効果があったか否かの検証もできると考えています。

(取材日:2023年12月25日)