上場会社英文開示インタビュー

オイシックス・ラ・大地株式会社

食の安全と環境に配慮し、有機・低野菜、無添加の加工品などを中心とした食品宅配サービスを行っている「オイシックス・ラ・大地」は、「オイシックス」「大地を守る会」「らでぃっしゅぼーや」という3つの企業の経営統合により2018年より新しく歩み始めた会社です。新スタートを機にIR活動を強化し、英文開示に本格的に取り組み始めたという同社の経営企画本部IR部部長・梅村翔也さんに、英文開示の具体的な取組や海外投資家との対話について話を伺いました。

海外投資家比率を上げるため戦略的に英文開示を拡充

英文開示を充実することとなった経緯を教えてください。

当社は「オイシックス株式会社」としてマザーズ市場に上場した2013年以降、決算短信のサマリー情報と財務三表、決算説明会資料については英文開示を行っていました。2018年に「オイシックス・ラ・大地株式会社」として新たなスタートしたのを機にIR部を新設し、IR戦略について議論をする中で、今後、当社の企業価値を適切に資本市場に伝えていく上で、未開拓で投資マネーが大きい海外投資家の比率を上げていくことが重要と判断しました。当時、国内投資家とはある程度は面談を重ねており、当社の成長戦略をお伝えしておりましたが、海外投資家との面談はまだまだ少なく、保有比率も15%程度でした。企業規模的にもまだまだ銘柄認知がされていない状況でしたが、今後の事業成長とともに、企業価値を適切に上げていくために海外投資家に目を向けたという経緯です。
海外投資家比率を上げるための戦術の1つとして、英文開示の拡充を挙げ、これまで開示していた資料に加え、適時開示資料、コーポレート・ガバナンスに関する報告書、投資家向けに当社の概要を説明したインベスターガイド、決算説明会のスクリプトやセルサイドレポートと英文開示の範囲を広げていきました。2021年からは株主総会招集通知の英文開示を始めました。

英文開示の体制について教えてください。

私を含めIR部の2名の担当者で行っています。最も重要視している決算説明会資料については、英訳の精度を高めるために、翻訳ツールを活用してドラフトを作成した後、外部業者にネイティブチェックを依頼しています。それ以外の開示資料については、翻訳ツールで英訳したものを社内でチェックして完成させています。当社ではコスト面と、和英同時開示というスピード面を両立させるため、現在はこのようなやり方で行っています。

翻訳ツールを使いこなすコツはありますか。

まだまだ改善途中なのですが、現時点のコツでいうと、あらかじめ、翻訳ツールに固有名詞を学習させることや、また、翻訳元の和文について、主語を補ったり、文章を短く区切って修正することで正しいニュアンスの文章がアウトプットしやすい環境を作っています。こうすることで、意味の通る英文が完成しやすくなります。

和英同時開示を実施するために工夫している点はありますか。

(非財務情報についても英文決算資料にて表現し、投資家との対話充実を図る)

決算説明会資料は、資料の内容が固まるのが開示の直前で、説明スライドも60ページ程度と多いため、和文の作成と並行して、英訳および外部業者へのネイティブチェックを依頼し、和文の修正や追加があれば、適宜その点を英訳資料に反映するといった進め方をしています。それ以外の資料については、分量がそこまで多くなく、事前にある程度英訳の時間を確保できるため、同時開示を行うのにそこまで苦労はしていません。

メールでの対話も活用し投資家と良好な関係を構築

海外投資家向けのIR活動について教えてください。

1on1での面談が年間400件ほどあり、その約半分が海外投資家との面談になります。証券会社経由で行う場合もあれば、当社からアプローチして行う場合もあります。当社がアプローチしているのは、以前当社との面談をして少し面談の期間が空いてしまった投資家や、当社が投資対象となる中小型株をメインにしているファンドなどです。もちろん全ての投資家から返信が返ってくるわけではありませんが、国内に比べ海外投資家の方が、比較的面談依頼を受けてくれる傾向にあります。
また、初回の面談ではインベスターガイドと直近の決算説明会資料を事前に送付しており、以前と比べビジネスモデルなど基本的なことを面談で聞かれることは少なくなりました。

海外投資家との面談では通訳を手配されていますか。

証券会社経由での面談あれば証券会社に通訳者のアレンジメントを依頼しますが、当社からアプローチする場合は、可能な限り同じ通訳者に依頼することでクオリティを上げることができると考えているため、個別でお願いしている専属の通訳者に依頼しています。

貴社の情報開示やIR活動について、海外投資家からはどのような評価を受けていますか。

和文の決算資料そのものが、KPIや定性の事業状況などを詳細な記載を心掛けており、国内外問わずしっかりと情報開示されているといったコメントをいただく機会は多いです。英文開示については、同時に開示をしている点や、英文の決算説明会の書き起こしを自社ウェブサイトに掲載している点など、海外投資家の方から「助かっている」などと言及いただく機会はあります。その他、先日、弊社で物流センタートラブルが発生した際には、普段から交流のある国内外の投資家に対してメールで直接、適時開示を行ったことや不明点あればご連絡いただきたい旨をご連絡したところ、即時でメール通知したことに対して感謝の連絡をいただきました。情報開示について、これまでは東証の適時開示をすれば投資家に情報は伝わると思っていましたが、このようなネガティブなトラブルが発生した時には、投資家との信頼関係を第一に考え、タイムリーに直接コミュニケーションをとることも重要であると学びました。

海外投資家との対話を通じて何か気づきはありましたか。

海外投資家からのアドバイスを踏まえ、決算説明会資料におけるTAM(獲得可能な最大市場規模)の表現や成長戦略、ビジネスモデルなどの説明をブラッシュアップしてきました。海外投資家は日本でのビジネス状況について知る機会は少ないため、主観的なバイアスがなく、客観的なマクロからの視点、例えばTAMや競合などのチャンス・リスクの質問や、長期的成長に関する質問が多いです。様々な角度で質問をいただくことで新たな気付きがあり、勉強になっています。

英文開示のメリットや効果はどのようなことだと思いますか。

情報をタイムリーに英文で開示すること自体は、海外投資家との信頼関係を構築する上でのベースと考えています。重要なのはその後のコミュニケーションが円滑に進み、限られた時間の中で当社への理解が深まることや、経営陣やIRメンバーとの信頼構築に繋がることだと思います。例えば英文の決算資料があることで、オンラインミーティングでは、資料を投影しながら説明できますし、英文メールでの問い合わせについても、画像を貼付できたりと、テキストや口頭だけの説明をするより、効率的かつ投資家の納得感も大きいと感じます。

貴社の海外投資家比率は、ここ数年で大きく上昇しています。上がった要因をどのように分析されていますか。

もちろんこの数年間で事業自体が大きく成長出来たこと、また2020年4月にマザーズ市場から市場第一部へ変更したことなどの影響が大きいです。IRの活動面において付け加えるのであれば、海外投資家比率を上げていく戦略をもとに、これまで取り組んできた英文開示の拡充などの取組、また英文資料を活用した円滑なコミュニケーションを推進してきたことは、開示強化前は15%程度であった海外投資家比率が、直近で30%程度まで上昇したことに多少は寄与していると考えています。もちろん私やチームメンバーはネイティブではなく、面談で流暢に英語で話すことはなかなか難しいのですが、英文開示資料を用いて、少しずつ有意義なコミュニケーションが出来る感触は得られてきました。また、例えばメールのやり取りであれば、英文でも、準備することで伝えたいニュアンスを適切に伝えられるため、面談のその場限りではなく、興味を持ってくださった投資家にサンクスメールを送ったりと、メールでしっかりリレーションを築くことも重要と感じます。

英文開示はゴールではない

今後、英文開示を拡充する予定はありますか。

今はネイティブではない2名のみでリソースに余裕があるとは言えない状況です。現在は、投資家にとって優先順位の高いと考えられる資料からタイムリーな英文開示に取り組んでいますが、費用対効果も考えながら拡充を検討していきたいと思います。特にサステナビリティ開示の重要性はひしひしと感じていますので、統合報告書やサステナビリティレポートなども開示していきたいと考えています。

英文開示の開始や拡充を検討している会社へアドバイスはありますか。

英文開示には、開示のスピード、英訳のクオリティ、開示範囲の3つの要素があると考えていて、それらの要素に対してどこまで人的、費用のリソースを掛けるかだと考えています。全要素をいきなり実行することはハードルが非常に高いため各社様の優先度の高い項目を整理してから取り組むとよいのではないかと思います。当社はこの数年はスピードを優先して、同時開示することをゴールにして取り組んできました。そのためクオリティに関しては今後改善していく余地は大きいと考えています。開示範囲に関しても、上述の通り、和文で開示している資料のすべてを英訳できているわけではありません。今後、英文開示をスタートさせる企業様においては、まず決算説明会資料から検討するのが良いかなと思います。海外投資家との1on1の面談において対話を円滑にするためのツールとして有効だと感じるからです。もちろん英文開示自体がゴールではなく、英文資料を通じて適切な成長期待を持っていただき、IRと海外投資家の間で良い関係を築き、最終的に投資いただいたり適切に保有してもらうことが大事だと考えています。

(取材日:2022年3月17日)