上場会社英文開示インタビュー

株式会社アバント

「経営情報の大衆化」を企業理念に、経営や決算業務といった組織の業務を支援する製品・サービスを提供する企業グループを擁する株式会社アバントは、今年で創業25年目を迎えます。最初の上場は、2007年の大阪証券取引所「ヘラクレス」。その後も順調に業績、業容を拡大し、2018年には東京証券取引所市場第1部銘柄に指定されました。
海外投資家から高いニーズがあるIRの英文開示にも積極的に取り組んでいる同社のコーポレートコミュニケーション室長・西村賢治さんに、英文開示を充実させた経緯や具体的な方法、開示のメリットについて伺いました。

海外のアクティブ投資家に向けて、英文開示に注力

英文開示を充実することになった経緯について教えてください。

以前の当社はIRに積極的ではなく、必要最低限の開示に留まっていましたが、社外取締役から「企業価値向上のためにIRに真剣に取り組むべき」との指摘を受け、2019年7月、他社でIRを担当していた私が入社し、本格的なIR活動を始めることとなりました。 まずバリューを上げるための方向性は2つあると考えました。1つは現在のパッシブ運用の潮流にあっても残っているアクティブ投資家に向けてアピールをしていく方法。もう1つは、潮流であるパッシブ投資家から評価されるため、他社と差別化を図る方法です。 検討の結果、1つ目の方法をとることになったのですが、アクティブ投資家は海外投資家が多い。そこで、海外投資家へのアピールを最優先課題として取り組むことにしましたが、企業が開示する情報のうち一部しか英訳されていないことは、海外投資家に対して失礼だと考え、開示するものはすべて英語にできる環境づくりに努めました。まず決算短信、IR説明会資料のプレスリリースの英訳を進め、1年後からは有価証券報告書、株主総会招集通知も全訳を開示し、日英のコンテンツに差が生まれないように心掛けてきました。

英訳の事務負担やコストの面で懸念はありませんでしたか。

決算短信はボリュームのあるものではなく、IR説明会資料も数字を軸に説明するものですので、負担感はそれほどありませんでした。分量の多いものについても、自動翻訳ツールを活用しながら、英訳にかける事務負担やコストを減らしています。自動翻訳ツールの利用料は年間で数万~30万円程度です。

コストや時間をかけず、自動翻訳を積極活用

英文開示の実施体制について教えてください。

社内の担当者は2人で、ほとんど外注はしていません。 2人ともネイティブではないので、ホームページに掲載する社長メッセージなどは限定的に外部にネイティブチェックを依頼することがありますが、最近は自動翻訳ツールの精度が上がっているのでネイティブチェックも不要ではないかと思っています。 なお、開示に際しては、ディスクレーマーとして、あくまで正式な文章は日本語であり、英語は正式なものではないということを明記するようにしています。

どのように自動翻訳ツールを使っていますか。

自動翻訳にはコツがあります。日本語であれば、主語や述語が不明確であっても、ある程度意味が通じてしまいますが、自動翻訳にかける前には、まず日本語の主語を補ったり、述語を補強したりします。この方法で自動翻訳を行うと綺麗な英語に仕上がることが多いです。自動翻訳の種類によっては、使う単語や文章の順番を変えたり、能動態と受動態を変えることも容易にでき、英語訳の文字数を日本語と同水準に抑えることもできます。

貴社では有価証券報告書も英訳されています。有価証券報告書はボリュームもあり、労力がかかるかと思いますが、どのように英訳されていますか。

有価証券報告書は、比較的しっかりとした文章であるため、翻訳はしやすいです。特に後半の財務諸表の注記などは、主語や述語もはっきりしており、何もしなくとも自動翻訳で8割はできている印象です。他方、前半の部分、特にMD&Aなどの説明については、注意をするようにしています。2020年度から有価証券報告書の英文開示を始めていますが、2021年度は初年度と比較して半分程度の労力で作成できました。

他の会社からは、時間的に日英同時開示は難しいといった声も聞かれます。工夫している部分はありますか。

決算短信などは、ドラフトがある程度固まり、修正が必要な個所が減った第2版くらいのタイミングで英訳を始めています。その後は修正履歴を確認し、修正が入ったポイントに絞って英訳版も修正します。あらかじめボリュームゾーンを英訳しておくことで、決算短信であれば最終版は数分程度の修正のみで開示ができるといった具合になります。

積極的なIR活動と英文開示により海外投資家が着実に増加

英文開示のほか、海外投資家向けのIR活動についてどのように取り組まれてきましたか。

まず日英で同じコンテンツを提供するという取り組みから始まり、そこから海外投資家向けに何ができるか検討をする段階で、新型コロナウイルスが蔓延する状況となってしまいました。投資家との面談は、以前は国内やパッシブの投資家が中心でしたが、バリューを上げるという観点では海外投資家にアプローチすべきと考え、2020年半ば頃から、新型コロナウイルスの影響で使えなくなった海外IR予算を使って、アドバイザリー会社に対して、海外のアクティブな投資家とミーティングがしたいといった要望を伝え、年間130件ほどミーティングができるようになりました。2021年もミーティングの件数は同程度ありましたが、外国人の比率が上がり、最近は6割が海外投資家という状況です。投資家層も長期的に保有する方が増えている状況だと思います。

これまでの取り組みを通して実感されていることはありますか。

英文開示を行えば必ず海外投資家の投資対象となるわけではないと思いますが、海外投資家とコミュニケーションをとる中で「なぜ今までこんなにいい会社を知らなかったのか」というリアクションをされることも多いです。それは、今までIRをしていなかったためであり、その期間は非常にもったいないことをしていたのだと感じます。IRを積極的に行った結果として、そうした海外投資家からウォッチリストに追加してもらえたり、当社の投資家になってもらえたりしています。

海外投資家向けの面談ではどのようなことを話すのでしょうか。

初めての投資家に向けては、自社のホームページにも載せている基本情報を使用して、事業内容の説明をしています。そこからより関心をもってもらい、社長との面談などの希望があれば、セッティングも行っています。面談の流れとしては、基本的なビジネスモデルの説明は私が行い、そのうえでの戦略などについては社長が説明するといった形をとり、投資家の理解が進むようにしています。

開示資料やIR活動に対してどのような評価を受けましたか。

英語での情報が充実している最も小さな会社と評価されることが多いです。私は過去にアナリストとして中国企業の分析なども行ったことがありますが、中国語の情報はあっても英語の情報はないという状況でした。そうなると(投資家側も)調べる気が薄れてしまう気がします。日本語と同程度の情報を英語で開示することで海外投資家を逃さないように気を付けています。

英文開示のメリットや効果について教えてください。

海外投資家は着実に増えています。ある記事で当社が「直近10年間で株価が10倍になった企業」に選ばれたこともあり一時は株価が上がりましたが、今年度はそこまで決算内容が芳しくなく個人投資家が売る流れがありました。その分を海外投資家が拾う形で買ったことで海外投資家の比率も上がり、バランスがとれてきたのだと思います。あとはファンダメンタルズがしっかりすることにより、大きな投資額でバリューを上げてくれる投資家が出てくると考えています。

そうした投資家の獲得に向けて、今後どんな点を充実させたいですか。

ESGやサステナビリティの情報開示の充実は検討しています。取締役の構成なども含め、もともと積極的にガバナンス体制の構築には取り組んできたこともあり、ガバナンスについては高い評価をいただいています。追加で「環境」に関する取り組みがあると、その点でも評価できるかもしれないとの声もあると思います。小さな会社なので環境にどこまで貢献できるかわかりませんが、しっかりと考えて施策を実施し、開示していきたいと思っています。

英文開示を躊躇している会社にアドバイスはありますか。

英文開示を始めることを怖がる必要はないと思います。正確に英訳できるかと心配されるかもしれませんが、開示文書は日本語版が正であり、英訳はあくまで「海外投資家に便宜を図るためのもの」というスタンスで開示すればよいと考えています。海外投資家から見たときに、日本語の情報がしっかりしていても英語の情報がないという状況は、「海外投資家は軽視されている」と受けとるでしょうから、日英で同じコンテンツにすることを心掛けるべきだと思います。各社がどうやって株価を上げるかを考えていると思いますが、株価は需給で決まり、需要が国内に十分にないなら、海外にそれを求めていくということは単純な理論ですし、そのためのコストと時価総額上昇を比べてみれば、費用対効果は絶大です。自社の株価がどのようなバリュエーションになっているのか、他社と比較してみては如何でしょうか。有名な海外投資家が投資している会社は、ROEは同じでもPBRが同業他社を上回るというケースがたくさんありますよ。

(取材日:2021年12月17日)