日本の電力市場

 
日本の電力市場

「電力の完全自由化」について

現在、日本では電力の完全自由化に向けて、政府主導により「電力システム改革」が進められています。
旧一般電気事業者と呼ばれる大手電力会社(東京電力、関西電力など10社)が独占していた電力事業のうち発電部門と小売部門を自由化し、送配電網を開放し、市場原理・競争原理を幅広く導入することにより、「電力の安定供給の確保」「電気料金の抑制」「需要家の選択肢の拡大」「事業者のビジネスチャンス拡大」を目指すというのが、その大きな目的となります。
電力システム改革はいくつもの段階を経て実施されており、主要なものとしては2016年の電力小売全面自由化および2020年の送配電分離をもって基本的な枠組みが整ったと言えます。

電力の自由化は、実際に多くの事業者の参入を促し、その結果、様々なサービスが提供され、一時的ながらも電気料金が下がるなど、最終消費者(最終需要家)にも一定のメリットを与えることになりました。しかし、その一方で、「完全自由化」に至るまでには解決すべき課題が残っているのが実状です。

電力市場について

電力自由化(特に小売自由化)によって、大手電力事業者以外の多種多様な事業者が、市場を通じて自由に電力を売買することが可能になりました。

日本の電力市場は「一般社団法人 日本卸電力取引所(JEPX)」(以下、「JEPX」と記載します)が運営しており、電力システム改革を背景に、日本の電力需要規模の3分の1を超えるほどの電力が取引されるまでに拡大しています。

また、電力市場に参入した新電力事業者の中には、電力調達の大半をこのJEPXに依存しているものがあり、JEPXの役割はますます重要度を増しています。

電力市場の概略

JEPXが運営する電力市場の中で、とりわけ取引量が多いのは「スポット市場(前日市場)」で、ニュースなどで「電力価格が上がった」、「電力価格が下がった」と話題になるのは、多くの場合この市場の動向が対象となっています。

  • 本記事においても、電力市場の動向等に関しては、主にこの「スポット市場」を中心に解説を進めていきます。

電力市場の現状

日本の電力市場は、取引量や取引形態という意味合いでは、成長への道を着実に歩んでいますが、電力事情をめぐる想定外の事態などが影響し、現在は、相場の先行きが見えづらい(価格の動向が予測しづらい)ため、市場原理が良好に機能しきれていないという状態にあるといえます。

経過処置の影響

たしかに、急激に市場原理・競争原理を導入することは、事業者および需要家に大きなインパクトを与えかねません。事業者としては、ビジネス的に大きなリスクを負いかねず(市場動向に翻弄されて利益を出しづらくなる)、最終需要家も価格高騰時などに大きな費用負担を負うことになります。そのため、完全自由化に向けた経過処置として、常時バックアップ制度や、家庭向けの電気販売などにおいて料金の認可が前提となる経過措置料金制度が導入されるなど、現段階では様々なサポート制度が用意されています。
これらの制度は、本質的な目的(新規に参入した事業者の保護、消費者保護)としては有意義なものですが、一方で健全な電力取引を妨げている側面もあり、今後の市場の在り方を考える上で議論の対象となっています。

「常時バックアップ」について

発電所を持たない新電力事業者は、十分な電力を確保できない場合があるため、大手電力会社(旧一般電気事業者)から常時バックアップ(継続的な電力供給)を受けることができます。この「常時バックアップ」という制度ですが、本来そのような制度がいつまでも続くことは想定されていません。時期ははっきりしていませんが、いずれは廃止されるべき制度なのです。しかし、電力価格の高騰が続く現在においては、市場で電力を調達するよりも常時バックアップを利用した方が費用の負担が少なくなるという現象が起こっており、また、常時バックアップで供給された電力を市場で売って利益を得るという行為も見られるようになっています。これらのことから、常時バックアップは、従来よりもかえって利用されるようになってしまっています。

「最終保障供給」について

「最終保障供給」とは、新電力事業者が急に撤退した場合などに、顧客が新たな電力供給先を見つけるまで、大手電力事業者から電力供給を受けられる制度のことです。その料金は大手電力会社が設定した標準メニューの2割増の水準に設定されています。本来であれば一時的にこの制度を利用しつつ、すみやかに新たな電力会社と契約を結ぶことが望ましいのですが、電力価格の高騰により、「最終保障供給を受け続けた方が、安価に電力を調達できる」という事態が発生しています。その一方で、供給力を確保できないとして「最終保障供給」を大手電力会社から断られる最終需要家としての企業も発生しています。この制度も市場メカニズムを導入して、大きく衣替えせざるを得なくなりそうです。

再生可能エネルギーの拡大の影響

現在、日本の電力市場は想定を上回る高水準で価格が推移しています。「常時バックアップ」や「最終保障供給」などが想定外の事態を生み出している背景には、こういった市場の価格上昇が一因になっています。
それでは、なぜこのような価格上昇が起こっているのでしょうか?
大きな要因の一つとして、電源(電力の供給源)をめぐる状況の変化が挙げられます。

当初、日本のエネルギー政策では、石油や石炭による発電を減らし、LNG(液化天然ガス)をメインの燃料として電力供給を行おうと考えていました。
しかし、脱炭素などの観点からLNGもやがて削減の対象とし、そのかわりに再生可能エネルギーの割合を増やすことが求められました。

LNGによる発電は、「電力需要の増加に対して、すばやく対応ができる(比較的短時間で発電量を増やせる)」という利点があり、電力の安定という意味においては非常に有用な電源です。一方、再生可能エネルギーは天候などによって発電量が変動するので、安定的に電力を供給することが難しい電源だといえます。

電力の安定供給のためにはLNGを含めた多様な電源をバランスよく組み合わせることが重要ですが、近年、再生可能エネルギーへの割合が急激に増えました。さらにロシア・ウクライナ情勢などによるLNG供給の停止・中断なども相まって、「必要な時に、必要な量の電力を、すみやかに提供する」ことが困難になり、その結果、需要に供給が追い付かず価格が上昇する状態が、長く続くかもしれないことが心配されているというのが現状です。
電力のひっ迫に関しては政府も警鐘を鳴らしており、電力価格の高騰もしくは高止まりは今後も続くと懸念されているのです。

電力市場のこれから

現在の電力状況、市場動向は不安定・不透明と言わざるを得ませんが、市場原理に基づく「完全自由化」および再生可能エネルギーの拡大は、日本の電力システムのあるべき姿として、今後も継続して推進される見込みです。
再生可能エネルギーに関する「FIT制度」から「FIP制度」への移行などは、その一つの例と言えます。

「FIT制度」と「FIP制度」について

FITとは「feed in tariff」の略で、再生可能エネルギーを固定価格で買い取る制度のことです。再生可能エネルギーの普及を目的として制定されたもので、実際、太陽光発電の導入が増えるという効果があった一方、国民負担(再エネ賦課金など)の増加といった課題も発生しています。その改正施策として、2022年4月より、FIP(feed in premium)制度へと移行することになりました。


FIT制度とFIP制度の主な違い

FIP制度では、電力を販売する際、市場価格に応じて一定のプレミアム(補助金)が上乗せされます。FIT制度に比べて、より市場の動向に即した制度であり、再生エネルギーのさらなる普及と市場原理に基づく「電力完全自由化」を同時に目指すものといえます。

様々な課題や電源をめぐる諸事情などの影響から、日本の電力状況や市場動向は不安定・不透明な状況が続いていますが、冒頭に述べた通り、公平性・公益性という観点からも、電力の完全自由化そのものは決して否定されるべきものではありません。
これから先、電力状況が安定し、市場が健全に機能するようになれば、需要家にとっては電力料金の抑制などが、そして事業者にとってはあらたなビジネスチャンスも期待できます。
たとえば、FIP制度が進展し、再生可能エネルギー事業が電力市場と統合されれば、グローバル企業や投資家たちの流入も増え、市場はさらに拡大するでしょう。事実、グローバル企業が日本国内で取り組んでいる再エネの技術開発には目を見張るものがあります。

もちろん完全自由化には市場メカニズムに基づいて相応のリスク(価格変動リスクなど)が伴います。しかし、その点に関しては、適切なヘッジをすることでリスクの回避や軽減を計ることが可能であり、今後、リスクヘッジへのニーズは高まると考えられます。

  • 本記事は、2022年6月の取材に基づいて構成しています。
    取材・構成:松本聡