エネルギー市場の「現在」

 
エネルギー市場の「現在」

現在のエネルギー状況について

現在、世界で使われているエネルギーといえば、まず原油、石炭、天然ガスが挙げられます。
いわゆる一次エネルギーと呼ばれるもので、ガソリンや灯油などの原料として、あるいは電気を生み出す燃料として用いられます。
エネルギー市場ということに関しては、もっとも大きいのは石油ですが、近年、大きくその存在感を増しているのが二次エネルギーの「電力」です。電力市場は、近年、取引の量も参加するプレイヤーの数も非常に増えています。日本においても、かつては大手電力会社だけに許されていた電力事業が電力自由化によって市場が開放され、現在は日々、市場を通じて電力取引が行われるようになっています。

今や世界のエネルギー市場の動向において、非常に大きな注目が集まっている電力市場ですが、その背景に「脱炭素社会の構築」というテーマがあります。
ご存じのとおり、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量を減らすとともに、すでに自然界に排出された分も将来的に減らしていくことで、これ以上の地球温暖化を回避しようということが世界的な課題となっています。そして、そのような観点から、石炭や石油など化石燃料への依存度を減らし、温室効果ガスを排出しない、あるいは比較的排出量を抑制できるエネルギーにシフトしようという潮流が生まれています。その主役として電力が位置付けられているのです。少し大げさかもしれませんが、「未来のエネルギーは電力に託されている」ともいえるのです。

戦後日本のエネルギー選択

日本では、世界情勢や社会課題を背景に、時代とともにエネルギーに関する方針や戦略を変化させてきました。現在は、パリ協定の目標達成が大きな指針となっています。


戦後日本のエネルギー選択

パリ協定とカーボンニュートラル

「パリ協定」とは気候変動問題に関する国際的な枠組みであり、2020年から本格的な運用が開始され、「今世紀後半のカーボンニュートラルを実現」するために、温室効果ガスの排出削減に取り組むことを目的とする、とされています。


パリ協定とカーボンニュートラル

激動するエネルギー情勢

未来のエネルギーの中心的存在とされる電力は、ここ数年でまさに激動の局面を迎えています。世界的に電力価格の上昇が続き、企業活動から日々の暮らしまで多くの影響を生み出しており、日本もその例外ではありません。

こういった状況を生み出している原因も「気候変動」が筆頭に挙げられています。

電気を生み出すための燃料は、かつては石炭や石油、原子力などが中心でしたが、近年は脱炭素化の観点から再生可能な電源(太陽光や風力など)の拡大が進められています。しかし、これらの発電方法は、気候等によって発電量などが左右されます。日照時間が短ければ発電量が足りなくなり、長すぎれば発電量が大きくなりすぎてオーバーフローしてしまいます。風力発電に関しても、風が吹かなければ発電が行えません。実際に2021年には欧州の一部の国で、風不足が発生しています。そして、こうした気候変動による影響が、電力不足および電力価格の大幅上昇という状況の一因となっているのです。将来的な気候変動への対策として再生可能エネルギーへの取り組みが進められているのにもかかわらず、すぐ目の前の気候変動によって電力状況が翻弄されるというのは、じつに皮肉なことです。
また、山などを切り開いて太陽光発電用の設備を設置することへの批判や、風力発電設備がもたらす騒音問題などもここ数年で顕在化することとなり、自然エネルギーといえども歓迎ムード一色ではなくなっているというのが現状です。

2021年の主な需給逼迫状況

激動する電力状況の背景としては、もう一つ、「地政学的リスク」の影響も非常に大きなものがあります。
直近で一番大きいものではロシア・ウクライナ情勢です。この紛争により、ロシアからのガス供給を予定していたドイツでは、燃料調達が閉ざされたことで電力供給のサプライチェーンを再構築せざるをえなくなったほか、日本でも寒波の到来などが相まって、電力価格の急騰を経験することとなりました。
ロシア・ウクライナ情勢は非常に顕著な事象ですが、じつはそれ以前から、世界情勢をめぐる状況の変化はエネルギーの分野をはじめ多くの産業に様々な影響を与えていました。
たとえば、かつては旧共産圏の崩壊や様々な国・地域で起こった民主化など、世界的に自由化・グローバル化が進み、それをベースに多種多様な企業が世界を舞台にビジネスを展開していましたが、2016年あたりから「Brexit(英国のEU離脱)」やトランプ政権に代表されるように各国で自国第一主義の傾向が強まり、自分たちの権益を守るべく様々な規制などが課されるようになり始めていたのです。そして、食糧品や生活用品、エネルギーも、そういった規制やルールの対象となっていました。
最近の電力市場の激動は、このような世界情勢の変化の中で起こった最大級の出来事であり、これにより安価で安定的にエネルギーを調達できるという状況が一変し、電力を調達することすら危うくなりかねないというリスクを世界も日本も抱えることになったのです。

激動の時代を乗り越えるために

想定外の事態が発生している世界のエネルギー情勢に対して、日本は、世界は、どのように対応していけばいいのか?
おそらく、世界中で誰一人として、皆が満足するような答えはもっていないでしょう。そのため、多くの人が悲観的な見通しを口にしますが、その一方で「変化は進化のチャンス」と考えることもできるかと思います。

地政学的リスクは国家レベルでの話ですので民間だけでは何ともしがたい面があるものの、脱炭素などのファクターについては、むしろ新たなチャレンジに取り組むチャンスではないでしょうか。たとえ地政学的リスクが低下しても、脱炭素の流れは少なくとも2050年までは続く想定ですから、その間に何らかのイノベーションを生み出すことができれば、それは大きなアドバンテージになりえます。

たとえば、かつて日本はオイルショックを経験することで、家電や自動車などの省エネ性能を向上させ、世界の市場で大きな支持を得ました。そして、その延長で現在もAIによる電気使用量のセーブ機能などが開発されており、まさにピンチをチャンスに変えた好例といえます。こういった努力やチャレンジを、新たな発電方法の開発や発電の効率化、次世代エネルギーの開発などの分野で行うことは、今の状況を乗り越え、新しい時代を目指す上で大いに価値があると考えられます。
エネルギー分野だけでなく製造業という分野でも、チャンスはありうると考えられます。現在は性能や価格に加えて「環境負荷」という部分が重視されており、メーカーのみなさんにとっては非常に大きな制約となっていますが、この点に関しても新しい技術が導入できるようになれば、むしろ競争力を高められる期待が高まってきます。

新たなシナリオを描くために

脱炭素に向けた道のりは2050年の「カーボンニュートラルの実現」を見据えつつ、未来の目標値から逆算するかたちでシナリオが描かれてきました。しかし、ここ数年の電力をめぐる激動により、そのシナリオは見直しを余儀なくされています。原因はすでに述べた通り、再生可能エネルギーをめぐる諸課題であり、地政学的な問題によってそれらが急速かつ激しく顕在化することになりました。

このような想定外の状況を乗り越え、ピンチをチャンスに変えるシナリオを描くには、まずは現在の状況を正面から受け止め、痛みや課題を正しく実感することが大切ではないでしょうか。そして、そのことは一般消費者も事業者も双方に当てはまることだと思います。
激動にともなう痛みを実感する中で、まずは消費者側に新たなニーズが生まれ、それに呼応して事業者が新たな発想やイノベーションを生み出す。そして、そのイノベーションによって得られた利益をもとにビジネスを充実・拡大し、新たな生活スタイルが普及・発展していく。そういう好循環を生み出していくことの先に、カーボンニュートラルの実現や豊かな未来もあるのではないでしょうか。

  • 本記事は、2022年6月の取材に基づいて構成しています。
    取材・構成:松本聡